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悟りとは?

悟りを得たからといって
世の中の人を救う事は出来ない
結果的に自分の周りの人を救う事は出来る可能性はあるが
必ず救える力を得るわけではない

悟りを得て救われるのは
自分
そして自分が見る世の中

そもそも悟りという言葉は
何か一つの事に対する言葉ではない

いろんな真実を知る事かもしれないが
何か特定の事を知ったから悟りを得たというのは違う


仏陀やキリストはすごいのではなく
すごくされた存在

人は誰もが仏陀でありキリストである

誰か教祖を立てていては
いつまで経っても救われない

誰もが智慧を得る力を持っており
誰もが悟りを得る力を持っている

我々は常に悟りを得続けているが
それに気付く事が出来ない
ある人は次の瞬間に気付きその悟りを得る事ができるが
ある人はそれに気付く事が出来ずに一生を過ごす
本当はあなたは全てを知っている
知っている事を知らないだけ

偉大な人とあなたの違いは
偉大な人は運よく気づけたってだけ

今日の一言:『大きな流れに身を任せよう』

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全ての事に感謝する事

「宗教とは」の続き・・・

祈りや神との対話の時に必要なことは何か。
よく神社や教会で願掛けというようなものがあるけれど、本来私達がやるべき事は願い事ではなく、感謝です。

願掛けがいけない事というわけではありません、自分の願いを自分で再確認するという意味ではいいかもしれません。
ただ、神様に任せっきりになってしまうのはどうかと思います。

私達に今必要な事は、「全ての事に感謝する」という事です。
今いる状況、環境、今の自分、今の天気、友達、過去も未来も含めて全てです。

私達はついつい自分がって前に出勝ちですが、この感謝の気持ちを忘れてはいけません。
あなたは既に存在しているのです。どうあがこうが、皆と同じライン、同じ環境の中で生きています。
人間界の作ったルールに上下関係があるかもしれませんが、自然界のルールにはそんなものはありません。
全てのものが助け合って生きているのです。
急ぐ必要もなければ、急がせる必要もありません。
あなたのやりたい事をやりたい様に感謝しながらやればいいのです。
そして感謝の根本とは何かというと、「愛」です。
全てのものに愛を与え、全てのものから愛を受け取ってください。

自然界のルール

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宗教とは

「誰の中にも私はいる」の続き・・・

だとしたら、神様が自分の中にいたとしたら、宗教とはいったいなんなのだろうか。
キリスト教、仏教、イスラム教。その他数多くの宗教が存在している。
私の神はこう言っていました。

「宗教は別に無くてもかまわないものです。
そして、いくつあってもかまわないものです。
その時、その人にとって助けになり、信じれると思えるものを信じればいいのです。
それぞれの宗教には祈りや禅といった様な自分との対話の時間があります。
つまり、自分を見つめなおす事が出来、自分の内側にいるものとの対話の助けになるのであればそれでいいのです。
そういう意味では宗教というものは大変重要なものです。
ただし、1つの宗教に没頭してしまい他の宗教を否定したり、宗教中心になってしまってはいけません。
それが全てではなく、それはあくまできっかけになるものです。」


宗教の自由

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誰の中にも私はいる

「自分自身」の続き・・・

私は神の姿を見たことは無く、あるのかもしれないが、それが何か、神かどうかなんてわからなかったわけで、神を信じる事はすごく困難な事であった。でも、凄く綺麗なもの、例えば山や夕日、海、星等、自分に大きな感動を与えてくれるものはそれに近い姿を持っているのかもしれない。
私が教会で祈りをする時、私自身の内側にいる別の私との対話になっている。
ただし、通常何かに頼る時、自分よりも力のあるもの、尊敬するものになると思う。つまり自分自身の中にいる何かは自分自身に尊敬されるものであって、外側の自分よりも力があるものになると思う。姿形は無いけれど、何かがそこにはあると思う。
その時の何かとはいったい何なのか。
私達は私達の中に皆それぞれの神を持っていて、同じものはいない。
私達が深く考えて出した答えは自身の神の答えであり、正しい道へと導いてくれるとは考えられないだろうか。そして深く考えられずにいる時、何らかの状況で落ち着くことが出来ず、自分自身との対話(祈り)が上手くできない時、自分以外の神がその神の力を手伝う事が可能だと思う。
ここの手伝うというのは神をではなく、その人とその人の神との対話を手伝うという意味である。
私の神は私の神であり、誰か別の人の行動を示すことは出来ないが、その人の神が示す行動へその人を導く事は出来ると思う。
そしてそれは結果的にもっと大きな存在であり、根本である1つのエネルギーにつながったものになっているのではないか。
私はその人を助ける必要があり、その人は助けられる事で全体の目的としているものへ向かっていくことが出来る。
そしてそれは私自身が目的としている事であり、私は彼の行動でまた目的へ進むことができる。
偶然という形で一つ一つの事柄がつながっていき、最終的に意図された1つのものを作り出すことになる。

神々

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自分自身

「神様との出会い」の続き・・・

気がついたら自分に話しかける声が聞こえました。
正確には自分の内側から聞こえる声なんですが、自分の意識とはまた若干異なる感じのものです。

信じる信じないの問題ではありませんでした。
優しくて、堂々とした声で、本当に自然に受け入れられるものでした。
疑う事すら考えつかないくらいです。

その声が私に教えてくれた事をいくつか紹介します。

「私はいつもあなたの中にいます。
あなたが神に祈りを捧げる時、神はあなたに姿を見せる事はありましたか?
神の声だとわかる声が聞こえた事はありますか?」

「なかったと思う」

「あなたが困った時に何かに祈りますが、その何かが助けてくれた事はありますか?」

「・・・」

「あなたはあなたの問題をあなた自身で解決しています。
自分で選択し、自分で進みます。
その中に偶然や奇跡と呼ばれるものが含まれる事がありますが、それ自身あなたが選択したものです。
そして失敗したらまたすぐに自分に問いかけますね。
どうする?って。
神に祈った事は客観的に自分の意識に入り込み、結果的にあなた自身に答えを求めています。
そしてあなた自身(私)がその答えを導いています。
あなた自身が自信を持って出した答えはあなたにとって最善の道となります。
あなたが本当にやりたい事、心の底からやりたいと思った事は間違った方向へは進みません。
それをやる事で後悔する事はありません。
なぜならそれはあなたが望んだ道であり、私達が意図した道だからです。」


神の声

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神様との出会い

私は以前ニュージーランドにいる時に神様と会いました。

神様と言っても皆さんが想像するような宇宙を取り巻く巨大な存在とか、目の前に天使の輪と翼を着けた人が現れたとかそういうのではありませんが、ある意味ではすごく巨大な存在であり、愛に溢れています。

出会ったのはクライストチャーチに住んでいる時でした。
「ガーデンシティ(庭の街)」と呼ばれるだけあって、広大な街並みには緑が溢れている街です。

私が神様に会ったのはクライストチャーチカセドラル(大聖堂)の中だったのですが、私はキリスト教徒でもありませんし、むしろ無宗教なので、神様とかそういうものの存在は半信半疑であまり気にもしていませんでした。

初めて大聖堂の中に入った時、急に何かわからない巨大な存在が私の中に入ってきて、ものすごく大きな衝撃が走りました。
気がついたら私は泣いていて、その涙を止める事は出来ず、すぐに大聖堂から出ました。
涙は止まり、落ち着き、今のは何だったんだろうと自分に驚きました。
その日はもう大聖堂には入らず、街を散策して帰ったのですが、次の日もまた恐る恐る中に入ってみました。
もう涙は流れませんでしたが、やはり巨大な存在はそこにありました。
でも、それは怖いものではなく、本当に何かわからないのですが心地よいものでした。

それから毎日かかさず大聖堂に通うようになり、気がついたら私は神様と対話をしていました。
これは本当に気がついたらって感じで、「あれ?今の・・・」って思うくらい当たり前の中に入ってきました。

大聖堂

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